喜心大心 ~中高年からの仏教のすすめ~

喜心(きしん)とは感謝と喜びを絶やさない心、大心(だいしん)とはすべてを包み込む大らかな心という意味です

マインドフルネス入門書への不満

マインドフルネスは仏教における悟りと同義ではないかという観点から、引き続きマインドフルネスに関する本を読み漁っています。 

 

日本でも近年ブームになっているということで、数多くの本が出版されています。

 

米国でマインドフルネスが現代人のストレスの解消法として一躍注目を集めるようになったのは、マサチューセッツ大学医学大学院教授のジョン・カバット・ジン氏が1970年代にマインドフルネスストレス低減法(MBSR)を始めたことが大きいですが、その精神療法の基本理念は「道元禅師の曹洞宗である」と発言しており、私自身は、まるで逆輸入のような居心地の悪さも感じています。

 

さて、日本で出版された、マインドフルネスに関する入門書を何冊か読んでみて、二つの点で大きな不満を感じました。

 

マインドフルネスについて「今この瞬間に意識を向けること」と定義し、「ストレスが解消される」「集中力が高まり、作業効率が上がる」などの効果があるとしているのは、どの本も共通しています(本によっては「幸福感が高まる」「美しくなる」など、マインドフルネス自体に果たしてそんな効能があるのかと疑問に思われるような項目も羅列しています)。

 

そして、具体的な実践方法として、呼吸瞑想や歩く瞑想などのやり方を紹介しているのですが、そこには「呼吸瞑想がなぜ、今この瞬間に意識を向けることにつながるのか」という説明が欠落しています。

 

同様に、マインドフルネス(今この瞬間に意識を向けること)によってなぜストレスが解消されるのか、集中力が高まって作業効率が上がる理由は何なのかも、十分に説明されていません。

 

こんなことを書いては大変失礼かもしれませんが、ほとんどの入門書が「マインドフルネスにはこんな素晴らしい効果があるよ」「瞑想のやり方は簡単だよ(実際にはそれほど簡単ではありませんが)」と声高に叫んでいるだけで、読者を説得するという大事な作業を端から放棄しているかのようです。

 

米グーグル社でマインドフルネスプログラムを導入する際に中心となったビル・ドウェイン氏は「多くの人たちは瞑想に興味があるものの、実際にはやりません」と語り、そうした人たちが瞑想を始め、継続して取り組むよう仕向けることが大事であると指摘していますが、そのためには、マインドフルネスと(手段としての)瞑想、(効果としての)心理的作用の関係について、誰もが納得できるような説明が求められるでしょう。